【光学モノラル音声】

1943年の『姿三四郎』から1957年の『蜘蛛巣城』までの作品は、映画黎明期からの基本的な仕様である光学モノラル録音方式です。この方式も、途中作業の段階でテープレコーダーが使われる様になる前と後では大きな違いがあります。
テープレコーダーが登場する以前、『姿三四郎』から『七人の侍』までは、画面を見ながら音楽を演奏し、同時に、台詞、効果をミックスしてフィルムに焼き付けるという、スリリングな一発勝負のダビング(音付け作業)でした。『七人の侍』で、画面を見ながら音楽を演奏する脇で、同じく画面に合わせて効果マンが、木枠の中のぬかるんだ壁土に飛び込んでいたというのは有名な話です。
東宝撮影所には、テープレコーダーは『七人の侍』の時、東通工のKPという型番のものが持ち込まれています。しかしまだ未知数のこの機械は本番には使用されず、音楽を試験的に録音することのみに使われました。しかしこのおかげで『七人の侍』の音楽はテープとして残ることになります。
『生きものの記録』からテープレコーダーは本格的に使われる様になります。音楽も効果も事前に録音し、ダビングの時はテープで再生する様になりました。一発勝負のスリリングなダビングは姿を消すことになります。『姿三四郎』から『蜘蛛巣城』までは、完成された光学モノラルの音声(フィルムの完成音)のみが残されています。従って、この時期の作品に関しては、ひたすら光学ノイズの除去に徹し、音をクリーニングしました。


【パースペクティブ・ステレオフォニック・サウンド】
1958年の『隠し砦の三悪人』から1962年の『椿三十郎』までは、光学モノラル録音ではあるのですが、左右から出る同じ音声の、レベルを変えて再生することによって、音の移動感を作り出す、疑似ステレオ方式により製作されました。これは正式なステレオ方式が出てくるまでの過渡期の技術といえます。この方式を再現するためには専用のデコーダが必要となりますが機器が現存していないため、今回このDVD音声製作にあたり当時の設計図を元にデコーダを復元し、オリジナルの音声を再現することに成功しました。この時期の光学音声はこの方式で再現したものを収録しています。


【シネテープ】
一方、この時期の作品からは海外への輸出を想定して、音声をシネテープで保存するようになりました。シネテープはフィルムと同じ形状で、磁気録音方式の、4チャンネルまで録音可能なものです。輸出は吹き替えが前提なので、それが可能な様に、M(音楽)E(効果)D(台詞)のセパレートされた3チャンネルの状態で残されました。
シネテープの音声は、磁気録音なので、光学録音の音声に比べて格段に優れています。しかもセパレートしているので台詞はそのままにして、M、Eを擬似的にステレオに拡げる等の処理が可能になります。DVD化にあたって、『隠し砦の三悪人』から『椿三十郎』までは光学オリジナル音声とは別にこのシネテープから起こした擬似5.1チャンネル音声も収録しています。

【磁気多元立体音響】
1963年の『天国と地獄』と1965年の『赤ひげ』は、全面の左(L)・中央(C)・右(R)、そして後方(W)の、4チャンネルの磁気録音で製作されました。ここで始めて本当のステレオの登場となります。磁気録音方式の特長は、フィルムのフチに数ミリ幅の磁性帯を4本塗布し、そこにテープレコーダの要領で音声を録音したもので、セパレーション(分離)や音質が優れている一方で、塗布した磁性体が剥離しやすく耐久性に欠け、またコストもかかり量産がきかないなどのデメリットもありました。この2作品は元のシネテープから音声を収録しています。


【4チャンネル・ステレオ方式】
1980年製作の『影武者』と1985年製作の『乱』はこの方式で製作されており、これは磁気多元立体音響の完成形ともいえる方式です。この2作品は音楽もマルチチャンネルでの録音となり、音質、拡がりとも飛躍的に良くなりました。『乱』の時はすでにドルビーステレオが普及していたのですが、音の定位感などで、磁気の4チャンネルの方が優れていたという判断からの選択でした。この2作品も元のシネテープから音声を収録しています。


【『七人の侍』ドルビーステレオ音声】
『七人の侍』は光学モノラル音声しかありません。1991年に公開された『七人の侍 完全版』ドルビーステレオは、このモノラル音声の光学ノイズを手作業で除去し、台詞効果などがかぶっていない音楽の箇所は、幸運にも残った6ミリ音楽テープを擬似的に拡げ差し替え、効果音を加えて広がり感を出し、一つ一つ手作業で作り上げた擬似ステレオ版です。『七人の侍』はこの音声を収録しています。